【3分間小説】倉形さんの贈り物

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僕が大学生だった頃、バイト先のスーパーに倉形さん(仮名)という50歳前後のパートのおばちゃんがいた。

 

倉形さんはバイト先ではリーダー的存在で、すべてのスタッフから一目置かれているだけでなく、激務のせいか目まぐるしく代替わりする店長からすらアドバイスを求められるような人物だった。

 

噂話は大好きだけど、唯一嘘をつくことは大嫌いで、お世辞やおべっか、婉曲表現は一切しなかった。ダメなときはダメ、ムカつくときはムカつく、嫌いなときは嫌いと、面と向かって言えるような人だった。その毒舌芸人のような歯に衣着せぬものいいは、周りからすれば気持ちがよく、裏表がないためか、不思議と信頼と人望が厚かった。


そんな倉形さんとは、シフトがたくさん被っていたこともあり、いつしかたまに飲みに行くくらい仲良くなっていた。その頃になると僕との関わり方がよりフランクになっていた。


「あー!!!(ピーピーピーピー) あおくーーん! ちょっときてー!!」

 

レジのトラブルだ。

倉形さんは仕事ができるがおっちょこちょいな一面がある。

一度テンパるとずっとテンパったままになるので、ミスやトラブルが起きた際は僕が代わりに対応することにしている―――というより、自然とそうなっていった―――。

 

このトラブルは月に1回の頻度で起きるが、特に恵方巻やクリスマスなどのイベントの時期、売上が多く処理が大変な時期によく起こる。僕の中ではもはや一種の季節行事と化していた。

 

だけど、大きなトラブルがあった日のレジ閉め後は、久々に会う田舎のおばあちゃんのようにだいたいおごってくれる。

 

「あおくん、好きなものとってきなさい。ばあばが買ってあげる」

僕は奢られ慣れていなくて、ジュースの什器の前で戸惑っていると

「早くしなさい!!」

と、なぜか怒られた。

 

わたわたしながらほしい商品をいくつかピックアップして持っていくと

「たったこれだけ!?欲がない男ね。もっと取ってきなさい!おごりがいがないでしょ!!」

 

また怒られた。

理不尽な理由で怒られたけども、機嫌を損ねて「奢らない!」と気分が変わってしまってはまずいので、目につく限りの欲しいもの――アイスや菓子パン、ジュース――をカゴの半分くらいに達するまで投げ込んでレジ代に置いた。

「…ふんっ。このくらいならいいわ」

どうやらお気に召したらしく、レジに通し、袋詰めしたそれらを僕に渡してくれた。

 

=====


倉形さんと出会ってから3年。

僕は恋愛相談を持ちかけるくらい倉形さんに心を開いていた。

倉形さんも女々しい僕の話を嫌と言わず、最後まで聞いてくれては、ときにアドバイスをくれたこともあった。

 

「僕って、20代後半になったらモテる類の人間だと思うんですよ。みんな若いうちは僕の魅力に気付かないだけで」

 

「あんたいったいどこでそんな考え方教わったのよ。......でも面白いわね。その通りだと思うわよ。あんたみたいな優しくてクソ真面目で、だけど人間的な柔らかさもある男は大人になってからモテるわよ。今はまだ女の方が見る目がないから残念ね」


倉形さんはレジ台の内側で、目の前にあるお菓子の商品棚をどこを見るでもなく見つめながらそう答えた。

本音で言ってくれたのか、僕を慰めてくれるためにお世辞を言ってくれたのかはわからないけれど、普段嘘を一切言わない倉形さんからそんな言葉を貰えて、僕は嬉しかった。

 

=====


就活を終え、大学の卒業を間近に控え、4年間続けたバイトを辞めるときが来た。

お店の人たち一人一人にご挨拶をしていったが、倉形さんにだけはとてもお世話になったので、感謝の気持ちを込めて百貨店のお菓子とコーヒー、そして手紙を贈ることにした。

 

渡したときは

「ばぁばにそんな気を遣わないの!さっと行きなさいさっと!」

と言っていたのに、後日僕のロッカーには手書きの手紙と1枚のWAONカードが入っていた。

 

手紙にはこうあった。

 

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大学卒業おめでとう

就職おめでとう

そして○○(スーパー)の卒業、誠におつかれ様でした。

長い間、本当にお世話に成り私こそありがとうございました。

毎回、あおくーんって、助けを求めたことでしょう。

嫌な顔一つせずにばばの面倒をみてくれたこと、忘れないよ!

 

私はまだまだ○○(スーパー)におります。

時々は、顔をみせて下さいな。

あおくんの社会人としての成長をこれからも楽しみにしています。

 

"人生、楽あり苦ありです。"

身体に気を付けて、有意義な毎日をおすごし下さい。

 

感謝してます。

 

倉形

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(原文ママ)

 


会いに来なさいよ、と、会いに来てね、の中間のメッセージ。
婉曲表現が嫌いなのに、こういうときだけはかわいらしい乙女のような一面が垣間見えていた。

 

同封されていたWAONカードには5000円分のお金がチャージされていた。

それについては後日会ってからも何も言われなかったが、倉形さんのことだ、きっと

「これあげるから買い物のときくらいはウチに顔出しなさいよ」

ということなのだろうと僕は察した。

 

卒業してからもしばらくは何度かスーパーに顔を出し、毎回WAONカードで会計をした。もちろん、倉形さんのシフトの時間に合わせて。

 

顔を合わせるたびに

「また痩せたんじゃないの? ちゃんとご飯食べてるの?」

と母親のような小言を言ってくるが、レジを打ち終えるといつも小さな笑顔を向けてくれた。愛情を伝えるのにも何か一言いわないと気が済まない、不器用な倉形さんらしいなと心の中で小さく笑った。

 

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4年経った今、僕は家業である不動産会社に勤めている。

WAONカードの残高は3年前に使い切ったっきりチャージをしておらず、変わらず0円のままだ。WAONカードを使いきってから、仕事の忙しさが増したこともあり、スーパーから足が遠のいていた。たまには顔を出しに行きたいが、もっといっちょまえの人間になってから成長した姿で現れたいというプライドと、久々に会う気恥ずかしさとが邪魔をしてなかなか実現ができていない。

 

でも、きっと倉形さんはどんな僕でも受け入れてくれると思うし、顔を出したら田舎のおばあちゃんのように喜ぶと思うから、今年中には1回くらい勇気を出して会いに行きたいと考えている。


倉形さんは同じ仕事を共にした同志であり、人生の恩人だ。

ありがた迷惑かもしれないが、結婚式にも呼びたいなと密かに思っている。

なぜなら、僕は倉形さんが大好きだからだ―――――

 

 

 


今でも恵方巻やクリスマス等のイベントの時期になると、あのスーパーの前を通る度に、倉形さんを思い出す。


「あー!!!(ピーピーピーピー) あおくーーん! ちょっときてー!!」

 

 

 

 

””倉形さんの贈り物”” ーおわりー